2024-11

一日一言

大河は山麓を廻る

三度食ふ飯さへ硬し軟らかし、特製の品さへ注文通りには行かぬ。物事は一つとして己が望み通りに運ばぬ。どんな大河も、進む間には泰山に遮られ、己が欲するまゝに流れ得ぬ。避くべからざる事情に対して争ふ武器はない。大河は山麓を廻り、小舟は蘆間を漕ぐよ...
一日一言

良知の道

西紀一五二二年の今日、支那の王陽明が死んだ。王陽明は、良知の道を説いて余す所がなかつた。親も子も夫も妻も去りて、ただ独り退いて我が心と交るは、時も金も要せずして、得る事多き嗜みなり。毎日五分間あれば事足るべし。独(ひとり)を咎がめ独を改め、...
一日一言

真の信の験

弘長二年(西紀一二六二年)の今日親鸞上人寂。上人の歌に、 にせものは変り易きにかはらぬは まことの信の験なりけり 誹るまじたとひ科(とが)ある人なりと わがあやまりは人に勝れり このたびは迷ひ悟の分けめなり あつささむさも厭ふべきかは ひと...
一日一言

礼譲

親しみ如何ほど深くとも、朋友に対する礼儀がある。親みに乗じて礼を欠くは、良友を失ふの憾となる。親子夫婦の間にも尊敬の心得なかるべからず。 なれなれていかに親しき中とても こころは常に礼儀忘るな一日一言(新渡戸稲造)私の尊敬している教育者の一...
一日一言

信と疑

人の言葉はそのまゝ一々受け入れるべきにはあらねども、飽くまで疑ふは、人の信なきよりは己の薄情なるを示すものなり。我が心鏡の如くならば、人の言語の真偽も明かに映すべきに、疑ふは自分の心の曇れる証なり。 さのみまた人の心を疑へば 我が偽のほどぞ...
一日一言

冷静に争へ

明治二十三年の今日、初めて帝国議会召集さる。事の是非曲直、政治の長短、学理の真偽は、飽くまでも、而も冷静に明かに争ふべし。名利に係はる論争や、党派本位の水かけ論や、権力争ひの揚足取りは聞かぬもよけれ、いはぬに勝るなり。 仮の世の仮の宿にかり...
一日一言

至大至高

宝永四年(西紀一七〇七年)の今日富士山噴火。至大至高は普通の尺度を以て計り難い。故に凡人は偉大を見ても偉大なるを知らぬ。小山のみ見たる者は、「きて見れば左程でもなし富士の山」と詠ずれども、これは単に一寸見ての判断にして、実際登る者は詠じて云...
一日一言

天地の力は殻に籠る

今日は新嘗祭とて新穀の豊熟を神に謝する日、毎日三度いたゞく食事は、当然我が物の如く心得て、米一粒の内に千万の神仏の恵を含めるを忘る。天地の力は皆籠りて穀に在り。天の恵、地の賜、人の働、国の恩、多きに過ぎて忘れ易し。一日一言(新渡戸稲造)私の...
一日一言

角一つあれ

世とともに和するはよけれども、此れも世の習ひ、これも社会の風潮なりと、心の中で疾しく(やましく)思ふことまで世に従はば、世は果てなく弱みに付け込んで奴隷となし果つべし。 かばかりの事は浮世の習ひぞとゆるす心のはてぞかなしき おのづから角(か...
一日一言

同じ谷川の水

今日は一休を記念する日。彼は文明十三年(西紀一四八一年)の今日八十八歳で寂した。  雨あられ雪や氷とへだつれど落つれば同じ谷川の水  大水のさきに流るゝ橡殻も身を捨てゝこそ浮ぶせもあれ  あめあられ雪や氷もそのまゝに水と知るこそとくるなりけ...